財団法人 日本テニス協会 S級エリートコーチ
財団法人 日本体育協会 指導員
ヨネックス株式会社 アドバイザリースタッフ
バイオグラフィー、パーソナルデータ、主な指導歴などは、
■ バイオグラフィ
・中学生時代に軟式テニス部に在籍、これが初めてのラケットとの出会い。高校進学後も軟式テニス部に入部したが早々に退部。その後、民間テニスクラブに入会し硬式テニスを始める。
硬式ラケットに握り変え、ほとんど毎日テニスクラブで過ごすような日々を送った。大学進学後もこの過ごし方は変わらずに練習に明け暮れた・・・・そんなある日、寒い冬の朝、何もないランニングで膝を痛め、この治療時に先天的な膝の弱点があることを知り一度は諦めかけたが、この時の指導者に「リハビリを兼ねて子供達を教えてみないか・・世界を見ないか」と勧められ、本格的に指導者の道を進みだす決意をした。
19才、テニスキャンプ参加の為に渡米。この渡米中に知り合った「中嶋氏」(現 N.B.T.A 本校スタッフ)の誘いで、「ニック・ボラテリー テニスアカデミー(NBTA)日本校」(現 荏原湘南スポーツセンター)に大学を休学し、研修を兼ねてコーチとして従事するが、当時の支配人兼ヘッドコーチの「グレッグ・ブルーニック氏」の勧めで正社員として入社する。
入社後は、テニスドリル、エキストラヘルプ(フォーム等矯正)を担当し、現在の多くの日本人トッププレーヤーの幼年期指導を行う。(この頃からバイオメカニズムの基礎を独学で学び始める。) 「N.B.T.A」が撤退後も「湘南スポーツセンター」(現 荏原湘南スポーツセンター)に残り、「増田健太郎、谷澤英彦、雉子牟田直子、赤堀奈緒」らの指導を行う。
当時、休みを返上してでも指導にあたった「増田健太郎」の93.94年全日本連覇を期に、自身の世界への思いが強まり96年3月退社し、単身オーストラリアに渡る。約8カ月短い期間ではあったが、上位ATPランキング選手らと接し、テニス指導の幅を肌で感じ帰国する。
97年からは数名の選手とのプライベートコーチ契約をし、ツアーコーチとして世界中を転戦。
現在は、指導者養成や、より広くの普及活動に力を入れて活動中です。
■ パーソナルデータ
・名前 神谷勝則(SHOW KAMIYA)
(テニス関係者からはNBTA時代の呼名からショウと呼ばれる)
・身長 176cm
・体重 72KG
・血液型 AB型
・生年月日 1963/01/01
・星座 やぎ座
・出身地 愛知県安城市
・好きな食べ物 : 果物全般・・・イチゴ
・趣味 : 車、釣り(食用を目的とする)
■ 主な指導歴
・個人 男子 増田 健太郎(小学生~引退まで)
茶圓 鉄也 (98年09月~01年11月 及び随時)
小野田 倫久(98年11月~00年03月)
岩渕 聡 (小学生~中学生 及び随時)
落合 優次 (00年09月~03年03月)
佐藤 博康 (99年10月~11月)
小川 敦央 (03年~05年)
石井 弘樹 (高校、97年01月~97年12月)
藤原 堅司 (99年06月~随時引退まで)
本村 浩二 (98年08月~09月 及び随時)
比嘉ジャイミー(~02年04月)
岡 洋一郎 (~随時)
和田 太一 (02年04月~随時)
女子 杉山 愛 (小学生~中学生)
雉子牟田 直子(高校生)
吉田 友佳 (小学生~中学生)
占部 奈美 (01年~引退まで)
倉田 祐子 (02年05月~06年12月)
赤堀 奈緒 (小学生~中学生)
梅木 美穂 (04年~現在) その他多数
・団体 マンツネ 男子実業団チームコーチ(98年度~01年度)
専修大学 男子体育会テニス部(99年08月~00年アドバイス)
荏 原 女子実業団チームコーチ(93年~95年)
群馬県館林市 新橋ジュニアチーム
・協会 北海道テニス協会ジュニア強化アドバイザリースタッフ(06年~)
・学校 横浜リゾート&スポーツ専門学校 テニスコース専任講師
■ プレイスタイル
利き腕 : 右利き
ファア : 片手
バック : 片手
得意なショット : サーブ(体の動きが一番表現し易いから)
好きなパターン :ゲームとして理に適っている物全般
■ 使用しているギア
・ラケット : ヨネックス RDiS 200
・ストリング : ヨネックス POLYTOUR PRO125
・ウエア : ヨネックス
・シューズ : ヨネックス
・サイズ : 27.0-5cm















































