プレイヤー
モニカ・セレス
更新:2008.3. 7
誕生日: 1973年12月2日
出身: 旧ユーゴスラビア(現セルビア)
住所: フロリダ州サラソタ
国籍: アメリカ(1994年3月取得)
身長: 179cm
体重: 70kg
プレイ: 左利き (両方両手)
始めた年齢: 8歳
プロ転向:1989年2月13日(15歳)
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モニカ・セレス フリーデータ
◆主な転機
1990年6月 全仏初優勝(16歳6ヶ月の最年少記録でグランドスラム初優勝)
1991年1月 全豪初優勝
1991年3月 史上最年少でランキングNo.1(17歳3ヶ月)
1991年9月 全米初優勝
1992年7月 ウィンブルドン準優勝(決勝の相手はグラフ)
1993年4月 モニカ・セレス事件 暴漢に背中を刺される
1995年8月 ツアー復帰を優勝で飾る
1996年1月 全豪優勝(復帰後初)
2008年2月 引退(2月14日)
◆英語表記 Monica Seles
◆生涯獲得賞金 $14,891,762 歴代8位
モニカ・セレス事件
1993年4月30日、ドイツ・ハンブルクの「シチズンカップ」準々決勝でブルガリアのマグダレナ・マレーバとの対戦中に、暴漢(当時No.1の座を奪われていたグラフの“熱狂的ファン”と自称)に背中を刺さされる。
1995年8月、カナダオープンで復帰を果たすまで2年以上のブランク。復帰戦は見事優勝。
一番印象に残っている試合
今まで一番印象に残る試合を聞かれたセレスの応え。
「16歳の時に初めて優勝した全仏。その1年前にプロデビューしたばかりだった。だから最後まで実感がなかった。今でも最後のポイントははっきりと覚えてる」
そして、
「暴漢に襲われて長期欠場した後の、全豪オープンの優勝も忘れられない。」
インサイド・ベースラインの先駆者
現代テニスはよりスピードとパワーが要求される。16歳でフレンチオープンで優勝したモニカ・セレスの優勝はあまりに衝撃的であった。それは、若さではなくテニスの内容。攻撃的で荒々しい。今でこそ当たり前の「声を出して打つ」「より攻撃的に」というテニスだが、当時はあまりの強さと衝撃にヒールな役割を演じることもあった。
16歳で優勝した1990年後のしばらくも、全仏オープン男子はベースラインから3メートル、5メートルと下がってプレーするのが当たり前であった。今のより中に入り、攻撃的なテニスをという流れを作ったのはモニカ・セレスといっても過言ではないであろう。
攻撃的テニスのルーツは駐車場の車と車の間に張られたネット
会見では父親とテニスをした話をよくする。7歳でテニスを始めた時、父親が駐車場の車と車の間に張ったネットを利用し練習していたという。テニスナビ記者の「今まで誰もいなかった攻撃的でコートの中で行うテニスはどうやって身につけたのか」の問いに「テニスを始めた駐車場からそのテニスをやっていたわ」と答える。
モニカ・セレスとグランドスラム
*コメントは、2008年3月全豪オープン
優勝4回(1991年~1993年、1996年)、43勝4敗
「全豪は大変暑い中行われる。唯一屋根のあるコート。」
全仏オープン
優勝3回(1990年~1992年) 54勝8敗
「全仏はテクニック、応用力、体力など様々な要素が必要。精神力が強い選手が強い」
全英オープン
準優勝1回 30勝9敗(唯一優勝のないサーフェス)
「雨の量によって変わる芝の長さ、湿度などによってボールのスピードが変わる。雨による中断が多い。何度も待たされたことがある。難しい大会」
全米オープン
優勝2回(1991年、1992年) 53勝10敗
「一番大きいスタジアムでは2万人の観客が入る。観客の前でたくさんのプレーできるのはすばらしいこと。歓声の大きさを一身に受けて戦い、プレッシャーがかかる大会。それはブーイングに変わることもある」
モニカ・セレスWebインフォ
モニカ・セレス 関連リンク
WTA情報
・WTA:Player Profile(WTAプロフィール)
・WTA:Playing Activity(WTA戦績)
ITF情報
・ITF:Biography
・ITF:Activity(右の枠の日付けを選択すると、対戦成績が表示)
・ITF:Head to Head(右の枠に選手の名前を入れると対戦成績が表示)








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